「お母さん、また転んだの?」
夜、仕事から帰った娘さんが、リビングの床に座り込んだお母さんを見つけて、思わず口にしてしまう言葉。訪問リハビリの現場で、こうした場面に何度も立ち会ってきました。責めているつもりはなくても、驚きと心配が先に立ち、つい強い言葉になってしまう。そしてご本人は「大丈夫、大丈夫」と笑いながら、心のどこかで小さくなっている──そんな光景を、私は何度も見てきました。
高齢者の家庭内事故の約7割は転倒によるものだと言われています。多くの家庭にとって、決して他人事ではありません。
なぜ転ぶのか。「不注意」だけではない理由
「気をつけていれば転ばない」と思われがちですが、実際には身体のいくつもの変化が重なって転倒が起こります。
筋力やバランス機能の低下により、とっさに体勢を立て直す力が弱くなります。また、足裏や関節が「今どこに体重がかかっているか」を感じ取る感覚(深部感覚)も年齢とともに鈍くなり、段差やわずかな傾きに気づきにくくなります。視力の変化で床の色の境目や段差の陰影が見えにくくなることも、意外と見落とされがちな要因です。
そしてもう一つ、見過ごせないのが心理的な要因です。「トイレに行きたい」と焦る気持ちや、「家族に迷惑をかけたくない」という遠慮から、杖や手すりを使わずに動いてしまう。この「頼らない優しさ」が、時に転倒につながることがあります。
現場で出会った、あるご家族の話
以前担当していたお宅で、夜中に何度もトイレに行くお母さんのために、家族が廊下の電気をつけっぱなしにしていました。しかし本人は「電気代がもったいない」と言って消してしまい、暗い廊下で転倒してしまったことがありました。
このとき大切なのは「なぜ電気を消すのか」という本人なりの理由に耳を傾けることです。頭ごなしに「危ないからつけて」と言うのではなく、人感センサーライトに変えることで、本人の気持ちを尊重しながら安全を確保できました。転倒予防は、本人の価値観や生活習慣とセットで考えることが欠かせません。
今日からできる、3つの見直しポイント
一つ目は、動線の障害物を減らすことです。廊下やトイレまでの道にあるコード類、段差、滑りやすいラグは、思っている以上に転倒リスクを高めます。
二つ目は、照明の見直しです。人感センサーライトや足元灯は、夜間のトイレ移動の不安を大きく減らしてくれます。
三つ目は、履き物の確認です。かかとが踏みつぶされたスリッパや、滑り止めのない靴下は要注意。かかとがしっかり覆われ、滑りにくい室内履きに変えるだけでも安定感が変わります。
転んでしまったときに、見てほしいサイン
転倒後、痛みを訴えなくても、「歩き方がいつもと違う」「立ち上がるまでに時間がかかる」といった変化があれば、骨折や打撲が隠れている可能性があります。様子見で済ませず、早めにかかりつけ医や訪問看護・リハビリのスタッフに相談してください。
転倒は防ぎきれないこともあります。それでも「転びにくい環境」と「転んでも大きなケガになりにくい備え」を重ねていくことはできます。一人で抱え込まず、専門職に相談しながら、できることから少しずつ整えていきましょう。
この記事で紹介しきれなかった「間取り別・転倒危険ゾーンのチェックリスト」や「介護保険でレンタルできる転倒予防グッズの選び方」については、noteでより詳しく解説しています。ご興味のある方はぜひ覗いてみてください。

