在宅介護をしている家族と話していると、
「できれば家で過ごさせてあげたい」
という言葉を聞くことがあります。
長く暮らしてきた家。
思い出のある場所。
慣れた生活。
本人にとっても、
家族にとっても、
“家で過ごす”
ということには特別な意味があります。
だからこそ、
施設利用の話が出た時に、
「まだ家で見たい」
「施設に入れるのはかわいそうな気がする」
そんな気持ちになる方は少なくありません。
でも実際の在宅生活は、
想いだけでは支えきれない場面もあります。
夜間の対応。
転倒への不安。
介護負担。
仕事との両立。
認知症の進行。
介護を続ける中で、
家族自身の生活が限界に近づいてしまうこともあります。
だからこそ、
“施設を考える”
ということは、
決して冷たいことではないと思っています。
本人を大切に思っているからこそ、
悩む。
家で見てあげたい気持ちがあるからこそ、
苦しくなる。
その気持ちは、
とても自然なものだと思います。
そして、
施設か在宅か、
どちらが絶対に正しい、
というわけでもありません。
在宅だから愛情がある。
施設だから冷たい。
そんな単純な話ではないと思っています。
大切なのは、
「どこで過ごすか」
だけではなく、
“その人と家族が、
どう暮らしていきたいか”
を考えることなのかなと考えています。
在宅を続ける選択。
施設を利用する選択。
途中で形を変えていく選択。
どれも、
生活を守るための大切な選択肢です。
だからこそ、
「施設を考えること」に、
必要以上の罪悪感を持たなくてもいいのだと思います。
介護は、家族のだれか一人だけが抱え込むものではありません。
生活を続けていくために、
家族のみんなが安心して頼れる場所を増やしていくことも、
とても大切な支援のひとつだと思っています。
Copathicaでは、
在宅生活や介護について、
「正解を押し付けない支援」をテーマに発信しています🌿

